| 畳職は伝統ある職種で、江戸時代には「畳職仲間」もつくられ、伝統的な同業組合の歴史を持っています。戦時中の統制組合の時代を経て、戦後、大阪では大阪府畳商工業協同組合が再発足しておりましたが、昭和26年ころより開店休業の状態に陥り、大阪の組合再建旧態からの脱皮、業界の発展と業者の社会的地位向上を旗印に昭和35年7月、大阪市畳商工業協同組合が結成されました。それが当組合の始まりになります。その後、昭和37年10月には近畿一円の畳業者の大同団結と組合運動の高揚を目的に、近畿畳商工業組合連合会が結成され、官公需の分離発注を求める運動などの盛り上がりの中で、これの協同組合化が課題となり、昭和39年4月、大阪市畳商工業協同組合が母体となり、近畿畳商工業協同組合の創設をみることになりました。
以来20数年間、当組合は近畿畳商工業協同組合の名称のもと、2府4県を地区とする畳組合として活動してきましたが、各地組合の発展の中、昭和63年6月、各県単位の組織確立・相競っての新たな発展を目指して、近畿畳商工業協同組合は大阪畳商工業協同組合と改称し、改めて大阪の畳組合として、大阪畳業界の地位向上と消費者ニーズに答えて活動を進めています。
大阪畳商工業協同組合は近畿畳商工業協同組合時代を含め、共同事業の充実・推進をはじめ、消費者への啓豪・PR活動、需要開拓へのキャンペーン、畳の品質管理事業、人材育成事業などにも積極的に取り組み、昭和58年には業界活性化のビジョンも明らかにし、業界を代表し、リードする組合へ発展してきました。 |